今週のみねぎし

2007.8.27    

 

 

2007827日(月)
午前10時から京王プラザホテル新宿にて東京都公明党夏季議員研修会が開催された。
先日の参議院選挙で再選を果たした山口なつお(参議院議員)都本部代表の挨拶の後、「地方自治の課題と議員の役割」と題して、片山善博氏(前鳥取県知事・慶応大学教授)の講演を聞く。目からうろこの話ばかり。地方議員のあるべき姿を教えられた。午後は作家で東京都副知事の猪瀬直樹氏を講師に「猪瀬直樹の東京論と公明党への要望」というテーマで政界の「裏話」を中心にユーモアたっぷりのお話を聞く。その後、分科会として「参院選の総括」質疑が行われた。最後に会場に駆けつけた太田代表は「どこまでも庶民側に立つことが大事だ」と強調。「家がある。年金がある。健康である高齢者の方々とそうでない方々との格差が現実問題としてある。(後者の)こうした人たちを守ることが公明党。一番困っている庶民の気持ちがわかるのが公明党でなければならない」と述べた。参院選の総括について太田代表は「公明党の主張、路線は正しい。やっていることも実績も公明党は一番だと自負するが、選挙で勝たなければしょうがない」と指摘。何があっても勝ち抜いていける「魅力ある党」とするために広報宣伝活動を含めあらゆる努力を惜しまない考えを示した。

 

午後4時半から午後10時まで、地元、高幡の3つの商店会共催の「高幡不動盆踊り大会」(私は事務局長を務めています)に役員として参加。晴天に恵まれ、人でも例年通りだった。二日目の明日の天気が心配だ。

 

盆踊り大会来場者へのサービスとして定着した「消防車ちびっ子試乗会」の担当として、約100人のちびっ子を運転席に乗せてあげる。(結構力仕事・・・)

 

2007828日(火)
午前中、明日に迫った、9月定例議会一般質問の通告のための準備。
午前11時、高幡に御住まいの方から、「高幡駅前の京王SS前通りの街路樹が枯れかけているので散水を」との要望の電話が入る。早速、緑と清流課に問い合わせると「1週間前に市民からの要望で1トン分の散水を行い、その後、降雨があったので、様子を見ている」とのこと。私が見たところ、完全に枯れてしまった木が数本あるようなので、それを指摘し、年度内に枯れた木を伐採し、若木に植え替えるようにお願いし、了解を取りました。
午後5時から昨日に続き高幡不動盆踊り大会のスタッフ参加。午後7時半頃から夕立のような降雨があり、盆踊りは午後8時に中止が決定。雨の為、会場の片付けも後日に延期。二日間の内、丸一日雨で中止になると実行委員会会計は大きな赤字になりますが、今回は二日目の途中からの降雨なので、赤字になっても深刻な数字にはならないようで、役員の皆さんはほっとしておられました。

 

 

2007829日(水)
午前10時、一般質問の通告書を議会事務局に提出。
午前10時半から市議団会議。請願、意見書日程調整について討議。高幡台団地自治会会長、百草団地自治会会長、商工会長等が挨拶に見える。
午後、1人暮らしの高齢者の方からの市民相談あり。
写真は、先日、災害支援に行った柏崎市の模様。

 

2007830日(木)
議会事務局から9月定例市議会の一般質問の順番と質問内容を書いたFAXが届いていた。一般質問の順番は議会運営委員会でくじ引きで決めるらしい。(私はその場に立ち会ったことが無いので)
私の順番は何と3月に続き今年2回目の「初日」(95日)の4番目(午後2時過ぎから1時間)と決まった。初日ということで、質問内容を所管する担当課長との質疑応答も早く組まなければ(汗)
午後、高幡駅前でテレビの収録風景を発見。
午後7時半からわが公明党第五支部の地区役員会が5ヶ月ぶりに開催。党役員の皆様に、参院選でのご支援を深謝するとともに、私の活動報告と先日の都本部夏季議員研修会での太田代表の話をお伝えし、下半期の活動への更なるご支援をお願いする。
猛暑の中、お一人お一人のご奮闘に心から感謝!党役員さんからは「公明党はやっていることは間違ってなんかいないんだから、もっと、マスコミを活用し、国民に公明党の働いている姿を見せてほしい」との声あり。

 

2007831日(金)
午前中に防災課、午後に緑と清流課と道路課、夕方に建築指導課と産業振興課と一般質問の質疑応答。何しろ、明日、明後日は土日で私の質問は水曜日だ。時間が無いので全部の項目について大枠の質疑応答を今日中に済ませる必要があったのだ。
午後、観光協会事務局に顔を出す。
担当課長との打ち合わせの合間をぬって、市民相談で要望があった道路の補修箇所を確認(三沢地区)、まだ工事が始まっていない。道路課に再度、要望。
午後6時〜6時半、高幡駅南口で駅頭に立つ。今日の「日野安全安心まちかどニュース」で「昨日午後5時頃、高幡地区のある書店内で女子児童がちかん被害にあった」との情報を受信したので、高幡駅前で、「不審者を発見したらすぐに110番を」と訴えた。遠くから手を降っていただいた方が何人もおられた。有難い!
午後8時、以前、市民相談で「9月中に今の住居を出なければ成らないので市営住宅か都営住宅か公団に入居希望の方に明日から募集が始まるシルバー住宅の募集案内をお届けする。

 

200791日(土)
午前8時に次男を保育園に送った後、三多摩議員懇談会へ。三多摩議員懇談会に歴史上初めて、公明党代表が出席とのことで、会場は大いに沸き返る。
代表からは2010年の次の参院選の戦いまで「負けない公明党」を断じて作ろう。そのためには、「この地域には公明党議員は自分しかいないんだ。公明党の味方を作るのは自分しかいない」との気概で、下半期1000軒のあいさつ運動を実施しようとの激が飛ぶ。
帰宅の途中で市民相談で歩道の穴の補修要望の出ていた場所を確認、まだ正式な改修工事はなされていないようだ。
午後2時〜日野市交通安全の集いに来賓出席。この行事は「環境まちづくり委員」の議員のみに案内状が来る。しかし、何故か委員長と副委員長が欠席。来賓控え室では新任の来栖日野警察署長、加藤代休方面交通機動隊長と名刺交換。
午後4時、信濃町の恩師に報告。午後5時から地元の「高幡不動盆踊り大会」の後片付け作業を手伝う。今年は二日目の途中で降雨中止となったため、片づけが4日も遅れたもの。
午後7時からは七生中学校第29期卒同窓会役員会(私が代表幹事)を私の店で開催。七生中は今年創立60周年を迎えるということで、急遽、同窓会の11月開催を決める。なかなか、一般質問の原稿の校正が進まない。本番は95日だ。

 

2000792日(日)
本日は、私も会員である「日野新選組ガイドの会」企画の「日野市新選組資料館めぐりツアー」の開催日。申込者は41名といつもより多いお客様。日野駅前に集合し、ゴール地点は高幡不動尊だった。
午後は、私もOBである日野青年会議所の東京ブロック大会が亜細亜大学で開催されたので途中から参加した。あの新潟中越地震で被災した元山古志村の村長で現衆議院議員の長島忠美(ただよし)氏のお話が聞けると聞いたからだ。内容は実体験をした者にしかわからないような、内容の濃いお話だった。3日後に迫った一般質問の原稿作成に大変参考になった。尚、パネリストには長島氏の他に、NHK解説委員の山崎登氏、神戸の復興に活躍された滑ツ境再開発研究所社長の白国高弘氏、そして、首都東京の災害対策責任者である、東京都総務局危機管理監の中村昌晴氏の3名も尚連ねていた。

 

 

 

  

今週のみねぎし

2007.8.20    

 

 

2007820日(月)
お盆休みが終わった方が多いのか、今朝の高幡駅北口での駅頭には、多くの通勤、通学の皆さんにご挨拶することができた。みねぎし通信29号も40部手渡しすることができた。
午前11時に1人住まいでほぼ、寝たきりの高齢者の方の件でご相談。
午後から母校である中央大学時代のサークルの1年先輩である、渡辺たかひろ候補が二期目の挑戦をする神奈川県秦野市議会議員選挙の応援に秦野市に向かった。大学時代は「人を幸せに出来る生き方」について語り合った同志のような先輩であった。一見強面だが、後輩の面倒見のよさには定評があった。私自身、昨年の市議選初挑戦の折にも、種々相談に乗っていただいた有難い先輩である。そのときに言われたことは「公明党議員になることは他党の候補に比べある意味、簡単かもしれない。しかし、(公明党の立党精神を胸に刻み、)公明党議員であり続けることは決して簡単でない。使命感だけではやりぬくことはできない」と。同じ公明党の地方議員として、今後も是非、同じ立場で働かせていただきたいとご健闘を祈りたい。

 

2007822日(火)
今日は第3火曜日。百草園での駅頭の日だ。825日に七生公会堂で上映される「不都合な真実」のPRチラシを配布する。これからの地方議員は環境問題に敏感な議員でなければならないと思う。私も過去の一般質問でマイはし、マイカップ、マイバックの推進、レジ袋の有料化、市役所内での啓発活動等の要望をしてきた。
昼過ぎに、以前、ガードレール設置要望をいただいたAさん宅を訪問。道路課長と数回話し合ったが、道幅が狭い為、ガードレールの設置は難しいとの回答をお伝えする。ご理解いただけたようだ。
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度を越える猛暑日が続いている。熱中症にかからないように、定期的、意識的な水分、塩分の摂取をお願いしたい。今日の公明新聞には、取手市の公明党市議団が「熱中症対策に関する緊急要望書」を市長に提出したとの記事が掲載されていた。日野市でも、35度以上の日は、午後の部活を中止させたり、1人住まいの高齢者宅へのあいさつ運動を展開するなどの対応を要望したいと思う

 

2007823日(木)
午前10時から午後3時まで日出町町議選の支援に駆けつける。
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名の定員を17名で闘う超少数激戦地域。
支援活動の途中で目に止まった、「子育て支援クーポン」のポスターや商工会が作った「子供110番」の、のぼり、町営の「つるつる温泉」のおみやげやで見つけた「商工会青年部企画の「バステラ」(つるつる温泉専用のバスをかたちどったオリジナル容器に入ったカステラなど、日出町は規模は小さいながらも学ぶべき点の多い自治体(町)でした。

 

 

 

2007824日(金)
昨夜から朝にかけて市民相談が4件あり。目が回るほど対応に多忙を極めた。
一つは生徒の防犯問題、一つは都道の草刈要望、一つは公園の木の枝の制定要望、一つは程久保川沿いの堤防の歩道の穴の補修工事の要望だった。
昨日の公明党県代表者会議で大田あきひろ代表が述べた「公明党は庶民・大衆の中から生まれた政党です。庶民・大衆から遊離すれば公明党の存在意義はありません。全議員がこの原点に立ち返り、地域を徹底して歩き、支持者・住民の声に耳を傾け、課題を解決するという訪問・対話運動に取り組んでいこう」との指針を胸に刻み、今日も明日も、がんばってまいります!

 

 

2007825日(土)
午後1時半からと午後5時からの2回、地球温暖化防止をテーマとした映画「不都合な真実」上映会が七生公会堂で開催される。1回目は開会30分前に定員に達し、スタッフと応援の市職員が来場者にお詫びと説明。私も3月議会でこの映画を多くの市民に観て欲しいと訴えていました。
午後5時から7時まで地元の高幡不動盆踊り大会の設営準備を手伝う。
午後7時半から、教育センターで開催された市の防災訓練に参加。5年ぶりの宿泊訓練に市民29名とご一緒する。救急救命訓練、保健師による健康診断訓練、日野市立病院の医師による血圧と血糖値診断、最後に市立病院副院長による、被災時の健康維持についての研修を受ける。

 

2007826日(日)
昨夜に引き続き、防災訓練は続く。旧高幡台小学校の教室にブルーシート1枚、毛布1枚を敷いて寝たが、ほとんど寝られなかった。午前5時に起床。昨日決まった炊事担当の役職を全うするため、中庭で炊事訓練。参加者がラジオ体操をしている間に、なんとかアルファー米の五目御飯が50食分作ることができた。午前9時からは、消防署、自衛隊、東京電力、東京ガス、として地域の住民が参加しての大掛かりな訓練が始まる。多くの支援者の皆さんにご挨拶することができた。皆さん、私の身体を心配してくださる。深謝。正午に訓練は終了。
午後からはみねぎし通信を新井地域、西武団地地域に200枚程配布。
夕方、百草団地の夏まつりで挨拶回り。団地自治会長にも挨拶させていただいたが、9月議会請願をだしたいので協力をとのこと。次回の市議団会議で討議しよう。

 

 

 

今週のみねぎし

2007.8.13    

 

 

2007年8月13日(月)
午前中、市民相談1件対応。1人暮らしの高齢者で寝たきりの友人のお宅を訪問して欲しいとのこと。高齢福祉課を通じて在宅支援センターにも連絡。スタッフを手配する。
昼は今日、68回目の誕生日を迎える母と昼食。いつも、地域の方のお世話をすすんでする母の後姿を見て育った私。今は私が地域の方のお世話をさせていただく。私にとって母は、妻と同様、戦友でもある。市民要望が実ると写真撮影に協力してくれるありがたい「スタッフ」でもある。
午後はみねぎし通信26号を500部、地元高幡地域を中心に配布。
午後7時から地元で事業部長も勤める、高幡不動参道商店会の役員会に出席。先日の柏崎での災害支援活動について報告する。

 

2007年8月14日(火)
午前中、市民相談が2件。1件は街灯設置要望だったが、設置希望場所が私有地であったため、要望者には、「私有地への街灯設置は原則的には、街灯管理組合を組織し、「管理組合」として地域の総意の形で電灯設置の「要望書」を出していただく必要があることを説明する。この場合は1軒でも反対の方がおられると設置は難しいのが現状だ。
午後は地域への挨拶回り。
午後2時、百草自治会会長から丘陵地への手すり設置要望書ができたので市へ提出したい旨ご相談がある。以前、要望書の書き方をお教えしていたもの。
また、別件で信号機設置要望の相談もお受けする。
夜は参院選でお世話になった、埼玉県の方への挨拶へ。一日が短い。この猛暑も今週一杯が山場か。明日の駅頭では「熱中症にお気をつけ下さい」と訴えよう。

 

2007年8月15日(水)
午前11時、環境保全課課長と市の地球温暖化対策について懇談。
午後、百草園・フジスーパー前と高幡不動駅前北口で街頭に立つ。62回目の終戦記念日に公明党の平和への取り組みを訴える。何人も近づいてきて、「暑いから無理しないで」と声をかけてくれる。深謝。
夕方、お世話になった方の新盆にお線香を上げさせていただこうとお電話すると「市議は忙しいんだから気持ちだけでいいのよ。私がきちんと仏前に報告しておくから」と言われてしまった。
夕方、30度前後と多少涼しくなった(?)のでみねぎし通信を三沢の芙蓉ハイツ周辺を500枚程配布した。
写真は完成が待たれる多摩動物公園線の道路改修工事現場。一部多摩産材をガードレールの変わりに使用しているという。

 

2007年8月16日(木)
今日で新潟中越沖地震が発生後1ヶ月となる。仮設住宅の入居は、始まっているが、半壊の指定が出ないため、仮設に入りたくても入れない高齢者世帯があるようだ。
先日、私も丸二日間過ごしたからいえるのは体育館は1週間以上生活できる場所ではないということだ。
今日は偶然にも同じ時間帯に2軒のお通夜が入る。どちらもお世話になっている方だ。始めに伺ったお通夜はすぐに失礼させていただいた。もう一方のお通夜の方がお手伝いが必要そうだったからだ。
2軒のお通夜に参列した後、これまでの1年間、大変お世話になって鬼籍に入られた方を2軒、新盆のご挨拶に伺った。お二人とも昨年の私の市議選初挑戦の際にお世話になった方である。ご霊前に、ご恩返しのためにも、これから、一生懸命がんばりますと誓い、ご遺族にご挨拶して家路についた。今日の夕焼けは何故かとても美しく感じたのは私だけだろうか・・・

 

2007年8月18日(土)
 公明新聞が連続で「参院選と今後」と題してボックス記事を連載している。
 17日付公明新聞では「公明党は従来の公明党型選挙はできた。だが、新政治状況と公明党の力の及ばない問題に引っ張りまわされた感は否めない。公明党はこれまで『まず連立ありき』だったかもしれない。過去は成功だったとしても、今後もそうなのか。より長期的に生き残りを考えるのなら、公明党は原点に立ち返って、外交、安全保障、社会保障など政策的な体系を見直すべきだ。そうしたことによって公明党はどんな党なのかというイメージが鮮明になるのではないか」との指摘が慶応大学教授曽根泰教氏からなされている。

思わずうなずいてしまった、私たちにとって重要な指摘だと思う。


 

 

  

今週のみねぎし

2007.8.7    

 

 

200787日(火)
午前7時から百草園駅前で駅頭に立つ
参院選の結果を報告し、公明党はこれまでと同様、庶民の目線で、生活現場主義で、未来に責任をもつ与党として、皆様にお約束したマニュフェスト2007の一つ一つの政策の実現めざし、努力してまいります!と訴えた。多くの方が笑顔でみねぎし通信27号を受け取ってくれた。
午前中、耐震工事の進む三沢中を見学。小中学校の耐震化に対しては、先の参院選で当選を果たした、東京選挙区選出の山口なつお参議院議員が昨年の国会において、全国の小中学校の耐震診断、耐震化工事の予算2806億円を予算化し、全国で耐震化工事が急ピッチで進められている。三沢中もその中の1校だ。
午後は、市長公設室長に新潟中越沖地震への救援活動について質問。市としては、耐震診断のできる女性職員を1名派遣しているとのこと。私も9日から11日まで個人の立場で救援ボランティアへの参加のため、新潟県柏崎市を訪問予定。予約をした宿ではまだ、ガスの復旧が遅れていて、水のシャワーしか使用できず、食事も提供できないとのこと。屋根と畳があるだけで十分ありがたい。新聞報道によると、本日、内閣は新潟中越沖地震を「激甚災害」に指定したとのこと。いつも思うが、もっと早い時期の「指定」ができないものだろうか?避難先の体育館の冷房設備も場所によって格差があるとか。しっかり、被災現場と被災者の声を聞いて見たいと思う。

 

200788日(水)
午前10時から高幡不動尊で「たかはたもみじ灯路」の観光協会と地元商店街との打ち合わせが行われ、私も高幡参道商店会役員の一員として参加しました。
午前11時から日野市社会福祉協議会を訪問し、今夜からの「新潟中越沖地震災害支援ボランティア」参加のための情報収集を実施。
午後7時から日野青年会議所の異業種懇談会にOBとして出席。
カンパイ終了後、守重理事長に挨拶して、中座し、一路新潟へ出発。
深夜、長岡駅に到着し駅前のビジネスホテルで一泊。

 

200789日(木)
午前7時に、長岡市でテレビ製作会社を経営するH氏の好意で柏崎市の災害ボランティアセンター(社会福祉協議会)まで送っていただく。
午前8時半から災害ボランティアの受付開始。ボランティア登録書に記名後、参加者へ注意事項と心得の説明を受ける。ボランティア依頼先ごとに、希望者が募集され、内容を聞いて、「参加希望者?」との声に手を上げる。(炊き出しに女性8名、避難所の清掃に男性8名・・・といった感じ)
用意されたペットボトルを受け取り、車(これもボランティアが持ち込んだもの。運転手自身もボランティア)に分乗して、ボランティア依頼先現場へ移動。
1
時間ごとに休み、滝のように流れる汗と同じ量の水分を補給する。疲れたときになめるための塩も透明な子袋に入ったものを支給される。

 

89日(木)続き
午前中は、昨日、天皇陛下が激励にこられた柏崎小学校の体育館(避難所)に設置された扇風機50機の清掃と床の雑巾がけを被災者に迷惑をお掛けしないように注意しながら行う。(途中で高齢者の話し相手もしながら作業を続ける)体育館の隅では、ボランティアのマッサージ師の方が数名で高齢者の被災者のマッサージの施術をされていた。
一通り、午前の活動が終わると、一度、ボランティアセンターに戻り、自弁のおにぎりを急いでかきこみ、次の「仕事」を待つ。
午後の仕事は、最も被害が甚大だった海岸付近の自治会の粗大ゴミの搬出作業だった。4人一組なり、8つのグループに分かれて、軽トラ(運転手は当該自治会役員)への粗大ゴミの積み込み作業と一時集積場への積み下ろし作業を繰り返す。炎天下のこの作業は本当にしんどかった。一緒に「チームを組んだ3名は、その内の二人は奈良県から車で駆けつけた大工の親子(意気はぴったり!)ともう1人は旅行中のドイツ人青年(ドイツからロシアに落ち着いたときに、新潟の地震のニュースを聞き、旅行の途中に災害ボランティアとして新潟へやってきた)だ。通常、作業は途中であっても午後4時には、作業を中断し、ボランティアセンターに引き上げなければならないのだが、私たちの支援に入った自治会では、作業が3分の2しか終わらず、明日では粗大ゴミの回収時間に間に合わない、と言って困っておられた。そこで、大工の親子Uさんとドイツ人青年(ヨハネス氏)とで、本部に一度引き上げた後、個人的に支援作業を続けることに同意。全ての作業が終わったのは午後6時半過ぎだった。(写真右下が私)

 

 

2007810日(金)
昨日に引き続き、被災現場の片付け作業。二日目に入り、疲労もピークに。
昼食は柏崎駅前の商店街の中で「営業しています」の看板を見つけ、豚汁定食を注文。「都市ガスがまだ復旧されていない為、ラーメンはできません」との張り紙あり。午後は電車で1時間半かけて長岡へ向う。

 

先ずは長岡市役所を訪問し、福祉保険部福祉総務課の佐藤課長にお話を聞く。突然の訪問に係わらず、親切にお話をしていただく。聞くと佐藤課長は2年前の新潟中越地震のときに長岡市社会福祉協議会事務局長として、長岡災害ボランティアセンターの責任者として陣頭指揮に当たられたご当人だったとのこと。佐藤課長のお話は大変勉強になりました。その後、タクシーで20分ほどの長岡市社会福祉協議会を訪問。対応をしていただいたのは、社協の長岡支所の本間主査。聞くと2年前にこの場所が災害ボランティアセンター本部になったときに佐藤事務局長の下で、「統括チーフ」として、ボランティアの取りまとめ責任者として活動されたと聞き、驚くと共に、大変貴重なお話をいただくことができた。「災害ボランティアセンター運営経験者」として一つアドバイスをとお願いすると、「それはまず、災害ボランティアセンターを立ち上げるときに、必然的に担当者となる社会福祉協議会のスタッフに実際に被災地の災害ボランティアセンターで当該地の社協スタッフの裏方のスタッフとして事前に経験をつむことです」「もし、私たちが事前に経験をつんでいたら、もっと充実した、より良い対応ができたはずと後から実感するからです」と。

 

2007811日(土)
昨日深夜に長岡から戻り、体中が筋肉痛状態。
それでも早朝午前6時より新しく出来上がったみねぎし通信26号を2時間かけて程久保地域に500部配布。流れる汗に様々な思いが交錯し、様々な思いが去来する。その中で、明らかなのは今回の参院選には負けたが、3年後には、必ずお返しさせていただく、絶対に。準備した枚数が配り終えたところで多少めまいもしてきたので帰りは多摩モノレール(程久保駅)を利用して帰宅し着替える。

午前11時から農業体験を実施している石坂ファームさんの「ブルーベリー摘みと流しそうめん」イベントに参加。日野産のとびきりおいしい野菜とそうめんをたくさんいただきました。石坂ファームさん以外にも日野市には数多くの農業体験を実施してくれている農家がたくさんあります。特に倉沢地区には日野で唯一の牛舎のある大木さん、増島さん、土方さんなど、「え?これが東京?と感じるような田舎の農家を味わえるスポットが多数あります。
特に印象に残ったのは、石坂さん(夫人)がバケツに入れた水を指差し、子供たちに、「ブルーベリー狩りで汚れた手はこのバケツで洗って。水はもったいないから水道では洗わないで。片手でバケツの水をすくい、もう片方の手に水をかけて両手を洗ってください。災害が起きたら蛇口から水はでないのよ。水は大事に使ってね」と子供たちに優しく声をかけられたことです。「客」として参加されていたある保育士(と思われる)の女性は「保育園でも子供たちにこうやって水の大切さを教えようかしら」と話しておられました。
夜、わが母校である潤徳小の卒業35年記念同窓会に出席。もう20年以上会っていない「友だち」に再会し、友好を暖める。懇談するうちに、自己紹介で自分が昨年から日野市議になったことを話すと、次々と話題を提供してくれた。「自分はある街の保育園の給食調理職員をしているが、調理台、洗い場等の問題点について、改良をお願いしても全く手を打ってくれない」また、ある街で保育士をしている人からは「母子家庭や生活保護について、ごまかしている人が結構いるので、困っている人だけを助成するように、市の職員は確認をしっかりしてほしい。」「年金問題をしっかり対応してほしい」との声が出た。どんな時にも市民の声をしっかり受け止めたい。市内で床屋を経営する「友」からは、「みねぎし議員はよくがんばってるね」とよくお客さんから聞くよ、と言われ、「次の戦い」への感触をかみしめた。

 

 

 

 

2007812日(日)
早朝、いつものように高幡駅周辺を清掃後、新聞4誌をチェックし、資料整理。午後、次男(5才)にせがまれ、市民プールへ。1時間ほど「家族サービス」。久しぶりに父親と遊べて次男もうれしそう。市民プールに来たのは5年ぶりくらいになるだろうか。昨年は他県でプールの排水溝の不具合が原因で児童が亡くなる事故があった。当時、私が地域の小学校に排水溝の確認に回ったことを思い出した。日野市民プールは不具合は無いと聞く。
久しぶりに「ミニバス」に乗った。夏の間、ちびっ子50円サービス中だそうだ。日野市から多額の助成金が出ているのだから、もっと頻繁にサービスしたほうが話題にもなり、いいと思う。
プールから帰り、午後6時から7時、高幡駅頭に立つ。車から、自転車から、道路の反対側の歩道から、手をあげて激励してくる方が。「がんばってるな。選挙が終わっても駅頭やってるのはたいしたもんだ。」「この間の参院選で七生公会堂に期日前投票に行ったら、もう(実施期間である3日間が)終わっていた。今度から七生支所でも期日前投票ができるようにしてくれない?」との声もかかる。思えば初めて、駅頭に立った2年前、誰も相手にしてくれなかったことを思うと、感慨もひとしお。「継続は力なり」母校・日野高校の恩師・中里元校長先生(私の仲人もお願いした)からのアドバイスを肝に銘じる。
夜、市民相談1件あり。

 

 

  

行政視察 伊達市

2007.8.6    

 

 

今日は函館からレンタカーで3時間あまりかけて、伊達市を視察した。
北海道では大変珍しい瓦屋根を活用した武家風の街並みは、昭和62年の「伊達市広域商業診断」から始まり、平成6年に完成した。当時は、「平成6年度都市景観大賞」を受賞し、北海道から「甲国景観優良地区指定」を受けたという。当時の苦労話を当時の市役所通り商店街振興組合理事長で現在顧問の佐藤正男氏に伺ったところ、「当時の3年間位は、商店会の役員はいくら時間があっても足らないくらい多忙だった」とのいこと。日野市でも高幡不動参道通り及び近隣地域を武家風の街並みに作り直そうという提案が市から地元商店会になされているところだ。当然、改装費の自己負担を伴うため、一朝一夕にはいかないが、京王線の新駅舎があまりにも近代風になりすぎたと感じる私は、郵便ポストもバス停も全て武家風の景観にしたまちづくりを高幡不動でも是非、参考にしてほしいと思う。

 

上記は道路拡幅前、右の写真が現在の街並みだ。